脱水症状になるまで批評

からっからに枯れ果てるまでアウトプットします。

鼻行類

 

 高円寺のヴィレバンでたまたま出会って、思わず衝動買いしてしまった一冊。カラフルで毒々しい装幀にひかれた。

 内容は、ドイツの動物学者が架空生物・鼻行類について解説するというもの。その奇抜な発想が、のちにポケモンなどの日本文化にも大きな影響を与えたとか与えていないとか。ただ対象年齢はかなり高く、モンスターボールもバトルも出てこない代わりに、架空生物たちの生態系について学術的に学ぶことができる。


 なんでも、本書は「生物系三大奇書と呼ばれているらしい。


 三大奇書といえば、『ドグラマグラ』の目もくらむような読書体験が鮮烈に思い出される。
 あの偏執的な勢いには、論理や分かりやすさで太刀打ちできない説得力があった。「霊魂」という、ふだんはリアリティのかけらも感じない妄想が、あの小説のなかでは激痛のように脳みそを刺激する。
「読んだものは必ず気が狂う」なんてキャッチフレーズはともかくとして、筆者はまちがいなく、ある種の異常な精神を患っていたにちがいない。読者は力技でねじふせられてしまい、とてもまともな批評なんかできなくなる。


 今回の『鼻行類』にも、そんな現実の枠におさまらない狂気・妄想がぎっしりと詰まっている。ただ『ドグラマグラ』と違うのは、その異常性を「論理」の分厚いカーテンが包みこんでいるところ。

 その結果、著者の異常性が隠せたかというと、むしろ逆でより誇張されているのが面白い。大真面目な顔をしながらギャグを飛ばすようなものだ。ギャグならいいけれど、極端なほど論理的に語られた嘘には、どこか誇大妄想じみたところがあって、ふつうは受け入れられない。

 ふつうは受け入れられないけれど、本書はもちろん「ふつう」ではない。おふざけなんて甘っちょろいものでもないし、子供っぽい集中力というには徹底しすぎている。まさに本気の創造であって、もし神が人をつくったのなら似たような情熱が注がれたはずだ、と言っても過言ではない。それくらい迫力がある。


 架空の動物たちを、大人が全力で紹介するーーなんて、一歩間違えればホラーになりかねないけれど、細部にまでこだわりぬかれた世界観のおかげで、壮大なSF小説を読んでいるかのようにのめりこめた。


 その世界観については、動物たちのくわしい解説に入る前に<序論>の部分で共有される。
 かなり手がこんでいて、著者はやたらと意見を並べたてるようなミスはおかさない。まるで周知の事実であるかのように、鼻行類の住む「ハイアイアイ群島」が発見された経緯について、淡々と語りはじめるわけだ。


 発端は1941年。日本軍の収容所から、ひとりのスウェーデン兵が脱走する。そのとき、たまたま漂着したのが「ハイアイアイ群島」のなかのハイダダイフィ島だった。この島について、こんなふうに解説がされる。

主として石灰岩と変成粘板岩から成る島で、最高地点は2,230mの双耳峰シャウアヌーンダ山である.島の気候は,中部および東部太平洋諸島の例にもれず,きわめて一様である。その熱帯性植生の植物相調査はまだほとんどなされていないが,広く世界的に分布している諸族とともに,多くの古い型の固有種群(たとえばマツバラン目に近縁のMaiera目やリンボク目に含まれるNelepidodendron属,さらに,キンポウゲ科に近くて原生林を構成するりっぱな樹種をいくつも含むSchultzea目などなど)の存在が示されている.したがって,ハイダダイフィ島の属するハイアイアイ群島は,相当に古い歴史をもっているにちがいない.

 全編をとおしてこんな具合で、叙述のうちどれが本当でどれが嘘かも、だんだんわからなくなってくる。本書はいちおう学術論文の形式になっているのだけれど、引用してくる他の論文には、存在するものとしないものが混同されていたりする。


 ハイアイアイ群島の解説をおえたあと、著者はこの島の「先住民」についても語る。彼らはとても平和的で、武器というものを知らなかった。人口は700人ほど。漂流者がもちこんだ流感によって、数ヶ月で滅びてしまう不幸な小種族だ。

 それから、50年前のドイツ詩人が鼻行類について書いた詩(実際に存在する)について触れ、なぜその詩人がそんなにも以前から鼻行類を知っていたか、さまざまな論文(全部でっちあげたもの)を引用しながら語っていく。 


 ここまできて、ようやく「みなさんご存知」鼻行類について解説をはじめるわけだ。つまり読者を共犯者にしたてたうえで、大きな嘘を展開していく。これはSF小説や冒険小説でも、実際に使われている手法で、新奇な発想を読者にもできるだけ受け入れやすくする効果がある。


 さて、鼻行類の最大の特徴は、なんといっても異質な進化をとげた「鼻」だといえる。
 象のように長いだけでなく、種によっては数が4本も6本も38本もあったり、そこから分泌液をだしたり、花弁のようになっているものもある。彼らの多くは、その鼻をつかって歩行や捕食を行う。そのために手足が退化して、ほとんど機能しない場合もある。


 鼻行類は、全14科189種もいるらしい。
 本書でくわしく取り上げているのはごく一部だけれど、この記事ですべて紹介するわけにはいかない。そこで今回は、僕の独断にもとづいて決定した『ペットにしたくないランキング』のなかから厳選した <ベスト3> を発表しよう。

 ちなみに、実際の動物でいえば、僕はゴキブリとか蛇とかサソリとかを「ペットにしたくないなぁ」と思う。とにかく気持ち悪いし、危険なのは嫌だ。それから、キリンやライオンやペンギンは、好きだけど飼いにくそうなのでランキング上位になる。
 ここから、おおよそのポイントをあげると、

・飼いにくそう
・見ためが好きじゃない
・危険

 という3つが、今回のランキングを決めるときの要点になった。
 ではさっそく、3位から順に紹介していこう。

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『ペットにしたくない鼻行類ランキング』


<第3位・・・ツツハナアルキ>

 まず3位はツツハナアルキだ。
 解説のときわかりにくくなるので、以下では「デカ鼻」と呼ぶことにする。

 大きさはハツカネズミくらい。イラストをみると、けっこう可愛らしい小動物だ。
 鼻はドリル状に進化していて、それを子供のころ選んだ場所に突き刺したまま一生をすごす。だから飼うためには、生まれてまもない赤ちゃんの状態で、家の庭につれてくる必要がある。
 
 この時点ですでに面倒臭いが、問題はそれだけではない。デカ鼻は自分の身を守るために、めちゃくちゃ臭いおならをしながら鼻を軸にして回転する。近づいてくるものは、たとえ飼い主であっても容赦はしない。夜な夜なそんなことをされたら、近所づきあいは最悪になるだろう。
 
 餌を与えるのも簡単ではない。デカ鼻が主食にしているのはヤドカリ。しかし、そのまま手渡ししようとすると、上に書いたような「攻撃」をうけることになる。もちろん、鼻が地面にささっていて、動くことはできないので、自分でヤドカリを捕まえるわけにはいかない。デカ鼻は、トビハナアルキ(以下、チビ鼻)という小さな鼻行類が運んできた餌しか食べられないのだ。

 野生の彼らは、駆け引きをしながら共生している。チビ鼻はすばしっこいけれど歯がない。そのためヤドカリを捕まえると、ぴょんぴょんと鼻で飛び跳ねながら、デカ鼻に獲物をアピールする。そうやって少しずつ警戒をといて、ようやく獲物をわたすことに成功すると、デカ鼻が代わりに自分の母乳を与えてくれる。ただし、獲物が小さかったりすると、デカ鼻は怒り出してチビ鼻をはねとばしてしまう。

 つまり、どうしてもデカ鼻を飼いたいなら、チビ鼻と一緒に、できるだけ大きなヤドカリも用意する必要がある。一方、チビ鼻は人間の赤ちゃんが飲むミルクでも育てられるので、飼うならこちらがおすすめだ。


<第2位・・・ウズムシ コビトハナアルキ>

 つづく第2位は、ウズムシ コビトハナアルキ。
 こいつからは、もはや「ペットを飼う」という楽しみがまったく見出せない。

 上にも書いたように、鼻行類は鼻を進化させたかわりに、手足の機能を失っているものが多い。しかし、このウズムシ コビトハナアルキにいたっては、手足どころか体のほとんどの機能が退化してしまっている。見た目は小さなミミズと区別がつかない。
 もともとは鼻で地面を掘り進めるモグラハナアルキの仲間だったそうだが、鼻が胴体と同一化してしまい、脳すらも見当たらないのだという。

 せっかく鼻行類を飼うのなら、知人に自慢したい、と思うのは当然だろう。でも、いくら珍しいからといって、ウズムシ コビトハナアルキを見せびらかしたりした日には、友達がひとりもいなくなることは間違いない。そもそもふだんは土のなかにいるので、見ること自体が大変ではあるけれど…(体長はわずか2mm)。


<第1位・・・オニハナアルキ>

 さて、栄えある第1位は、オニハナアルキ。
 
 名前に「オニ」ってついているくらい、とにかく恐ろしい肉食獣だ。
 こいつが食べるのは「ナベゾーム」という神秘的な鼻行類だけ。

 ナベゾームは4本の鼻で逆立ちしながら歩行することができる。鼻はそれぞれが海綿体の充血によって相当硬くなっており、それを手足のように交互にくりだしながら歩くわけだ。果実をたべながら平和的に暮らしていて、1mもの大きな体躯と、かなり発達した知能を持っていることから研究者たちのあいだでも人気が高い。
 本書には、彼らが四鼻歩行をしているイラストがのっているけれど、他の鼻行類と比べてもかなり異質な存在といえる。哺乳類というより愛嬌のある宇宙人みたいだ。

 そんな可愛らしいナベゾームを、よりによって食べてしまうのがオニハナアルキ。
 もともと同じところから派生した科ということもあり、見た目はかなりナベゾームに近い。ただ肉食獣のするどい牙をもっているうえに、尻尾の先には毒爪がしこんである。

 オニハナアルキがナベゾームを捕獲している光景は、悲劇としか言いようのないものだ。記載されているイラストをみると、両腕でしっかりとナベゾームをとらえ、尻尾の毒爪をその背中にぶっさしている。つり上がった目はまさに鬼の形相であり、子供がみたらトラウマになるだろう。まさに「飼いにくさ」・「見ための悪さ」・「危険度」どれをとっても、最凶最悪の鼻行類だといえる。

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 さて、どうだっただろうか?
 もしかしたら、こんなランキングでは鼻行類の魅力がひとつも伝わらなかったかもしれない。

 伝わらなかったとしたら、それは完全に僕のせいなので、評価をくだすのは本書を読むまで我慢してほしい。


 『鼻行類』で解説されるものの中には、是が非にでもペットにしたくなるような魅力あふれる動物もたくさんいる。
 たとえば、ダンボ ハナアルキは大きな両耳と尻尾をつかって、まるで映画『ダンボ』のように空を飛び回ることができる。これも例に漏れずイラスト付きで紹介されていて、天真爛漫にトンボを追いかけている姿はとても愛くるしい。まさに女子ウケ必至の鼻行類だ。僕としては、いつかダンボ ハナアルキが大ブームになって、流行語大賞にもノミネートされるのではないかと予想している。


 とにかく、そんな多様な鼻行類について、本書ではかなり詳しい生態系が示されている。この奇書が発表された当時、動物学の世界では鼻行類の話題でもちきりになり、権威と呼ばれるえらい学者さんまでもが便乗した。みんな、鼻行類がまるで「存在」しているかのような反応を示したわけで、それくらい、世界観からディテールまで、著者の抜け目ないリアリズムが貫かれている。

 僕も本書を読んでからは、鼻行類たちを『E.T.』とか『百年の孤独』とか『聖書』とかのキャラクターたちと同じくらいのレベルで「存在」として認識している。
 つまり、すれ違うだけの他人よりは、よっぽど強いリアリティを感じている。


 たとえば『ポケモンGO』のように、AR(拡張現実)もしくはVR(仮想現実)の技術を駆使して、だれか鼻行類たちを現実世界に蘇らせてくれないだろうか。こういう異常性があればあるほど、僕らの平凡な人生は楽しくなるのに、なんて人任せに思ったりする。

「僕らは結局のところ <認識> の世界で生きているのだ」と実感させてくれる読書体験だった。